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家系図(family tree)の作り方
家系図の作り方2010.06.19
数年前に、突然、家系図を作りたくなり
途中、スムーズにことが運ばず、 独学で聞く人もおらず、役所へは土日に連絡出来ないし・・・
とりあえず、放置
数ヵ月後のマイブーム!家系図作成!の到来期で、
再着手! 乗り越え!を何度か繰り返し
5~6年越しで、やっと完成
マイルーツをさかのぼりながら、想像の世界を楽めました
この時代に、この方々が生きていたんだ
だから、今ここに私がいるのかしら・・不思議
専門家に依頼すると10万円ほどかかりますが、自分でも作れます
4家の家系図があれば、 最高の供養に繋がるそうですよ
家系図を作ってる時やお墓参りしている時、その人達を思い出しているから、それが供養につながるのかしら・・・。
今現在の日本の宗教団体の組織に属すのは苦手だけど・・・
宗教に属してないので、洗脳もされていないのに、
自由意志でこんな事に興味が湧くって、不思議
役割ですかね
○○家で担った役割を果たしましたよっ
結構、しんどいのよね。体調不良になったりね・・・
家系図(family tree)の作成方法
ご先祖様の情報収集をして、まとめる。 以上
ご先祖様の情報収集の仕方
情報収集① 戸籍謄本や除籍謄本や改正原戸籍を取寄せる
戸籍の情報を読みとる
情報収集② 位牌、お墓、過去帳、菩提寺での調査、親族に話しを聞く。
情報収集③ 旧土地台帳を見に行く。(または取り寄せる)
まとめる
戸籍謄本や除籍謄本や改正原戸籍を取寄せる
1)自分自身の戸籍謄本を取得。(本籍のある役所で)
2)親、祖父母以前の戸籍謄本(亡くなっていれば除籍謄本)と
あれば改正原戸籍を取得。
古い戸籍謄本は 80年で廃棄
役所に存在する戸籍謄本は、明治時代の戸籍から処分が開始されています。
役所が古い戸籍謄本を保存しておく期限は80 年間。
戸籍・除籍謄本とは
戸籍謄本 ⇒ 戸籍に記載された内容の全てについての証明書。
除籍謄本 ⇒ 結婚や死亡で一戸籍から全員が抜けた場合、戸籍は除籍となり別に保存
改正原戸籍⇒ 法改正により現在の戸籍に書き換えられる前の戸籍。
現在の戸籍ではなく古い戸籍。
謄本・抄本の違い ※今回は、謄本を取り寄せます!
謄本(とうほん)⇒ 戸籍全部を写したもの。その戸籍に入っている人は全員載っている。
抄本(しょうほん)⇒ 戸籍の1部(1人分)を写したもの
戸籍の取得方法
市役所に行く
印鑑を持参。印鑑がない場合は、身分証明書の提示を求められることも。
1)市民課・住民課に行く。
2)戸籍・除籍謄本申請書類に必要事項を記入。(父方、母方、別々に取る)
戸籍筆頭者の名前、本籍地、筆頭者との関係、請求理由(先祖供養)
3)「取れるところまで戸籍を取っていただけますか?」と言います。
手数料 ⇒ 戸籍謄本1通450円、除籍謄本1通750円(自治体により違う)
郵送による謄本の請求
申請書・本人確認書類・手数料・返信用封筒(切手添付)を入れて送る。
1~2週間で返送されてくる。
以下のもの4点を同封して本籍地のある役所へ郵送します。
①申請書
・役所、役場のホームページからダウンロードし、記入
・用紙に必要事項を記入し、自分で作成する。
【必要事項】
本籍地、戸籍筆頭者氏名(とる人やとる人の旦那様や親や兄等)、
生年月日、氏名住所(自分の)、申請理由、必要枚数、
取れるところまで全て(戸籍・除籍謄本、改正原戸籍)お願いしますと記入。
私は、どこかの市からDLした用紙を、修正ペンで不要箇所をけし、コピーして使っていました。
②手数料
・電話などで当該役所へ問い合わせる。HPにのっている。
・郵便小為替又は現金書留を利用。
多めに入れておき、使わなければ返してもらう。
郵便小為替 (定額小為替と普通為替)
※合計金額を考えて、上手に利用しないと、手数料がすごく高くなります!!
・定額小為替 (小額を送るのに便利)
額面は12種類 (50、100、150、200、250、300、350、400、450、500、750、1000円)
手数料 ⇒ 1枚発行するのに100円 (50円だと150円になる)
除籍・改製原戸籍 ⇒ 1通750円 手数料と併せた金額⇒+100で 850円
戸籍 ⇒ 450円 手数料と併せた金額⇒+100で 550円
・普通為替 (指定金額で1枚の為替を作る)
手数料 ⇒ 3万円未満は420円、3万円以上は630円
※注意!
住所と氏名を書く欄があるが、無記名で送る
ここに書いた本人しか受け取りができない。
「名前をご記入下さい」とあったので、書いて捺印し送ったら、
使えないと送り返され、やる気をなくした経験あり。
昔は750円為替がなく、手数料が1枚につきかかるとは知らず「500円1枚、100円2枚、50円1枚下さい」と・・
窓口で知ってびっくり!謄本2枚分1500円を1000円500円各1枚にしました。

③本人確認書類
自分と祖父母との関係を示すため、自身と親の戸籍謄本 ※ないと、スムーズに運びません。
戸籍法で直系親族以外は戸籍・除籍謄本を取ることができません。
※直系親族とは曾孫、孫、子、本人、父母、祖父母、曾祖父母、高祖父母
④返信用の封筒(A4サイズ)
自分の住所、氏名を書き、郵便切手も貼る。
戸籍謄本や除籍謄本を取り寄せて、完成と思っていた家系図を取り出してきて、
再度、意味の分からなかった土地台帳と菩提寺に着手することに
土地台帳は、まず、郵送で取り寄せて、そして、近辺の台帳も見るために、直接、法務局へ行くことに
そして、メインイベントの先祖が育った土地のエネルギーを感じ取りに行きました
除籍謄本からの情報で、一人気になっていた人がいたので・・・
位牌、お墓、過去帳、菩提寺での調査、親族に話しを聞く
1)お墓参りにいく。
2)親族に会いに行って聞く。 長男さんは、過去帳を持っている方が多いので、見せてもらう。
3)菩提寺に行く
菩提寺とは
代々その寺の宗旨に帰依して、(先祖の)位牌を納めてある寺
③旧土地台帳を見に行く(取り寄せる)
1)現住所を確認する (市役所や役場で確認。メールや電話)
2)管轄されている法務局から、取り寄せる or 法務局へ見に行く
3)直接、土地に行く
旧土地台帳とは 地籍台帳ともいわれ、
元来土地に税金をかける等、
土地の状況を明らかにする為に作られた地籍簿であり、
昭和35~40年頃にかけて登記等の原簿となり(一元化)廃止された地籍の台帳。
旧土地台帳の取得方法
管轄の法務局に行く
郵送による謄本の請求
申請書・返信用封筒(切手添付)を入れて送る。
数日~ 2週間で返送されてくる。
以下のもの2点を同封して、現住所が管轄されている法務局へ郵送します。
①申請書
・用紙に必要事項を記入し、自分で作成する。
【必要事項】
現住所(旧住所)。番地が必ず必要。
氏名・住所・連絡先(自分の)
②返信用の封筒
自分の住所、氏名を書き、郵便切手も貼る。
まとめる
家計図用のソフト
家計図用のソフト 無料
excel97で動くソフト。シンプルなソフトで、氏名のみの横型ツリー作成。
Family Tree Builder 無料
ネットワークサービスとパソコン上のソフト。パソコンソフトは日本語対応してません。
家系図ツールズ 1000円
機能は豊富ですが、自動配置の機能はなし。体験版ソフトダウンロードあり。
家系図・つきあいデータベース ルーツ2006 26,800円
日常的に使え、住所録・年賀状・贈答管理機能を強化。体験版ダウンロードあり。
情報収集
①戸籍謄本や除籍謄本や改正原戸籍を取寄せる
戸籍の情報を読みとる。
②位牌、お墓、過去帳、菩提寺での調査、親族に話しを聞く。
③旧土地台帳を見に行く。(または取り寄せる)
①-2戸籍の情報を読みとる
地名が分からない時
古い謄本を取り寄せると現在は存在しない地名が出てくることもある。
検索エンジンで古い地名を検索すれば、ある程度現代の場所を特定可能
変体仮名と旧字体
Koin変体仮名の転載元のHP

明治19年式戸籍以前は、本籍地が番屋敷(番戸)方式で表示されていた。
それ以降は、番地に改められ、番屋敷(番戸)と番地では概念が違う。
現代字と旧字体の対応表
古い戸籍には旧字体が多く使われております。
1 ⇒ 一壱弌 2 ⇒ 二弐貳弍 3⇒ 三参參
4 ⇒ 四肆 5 ⇒ 五伍 6 ⇒ 六陸
7 ⇒ 七漆 8 ⇒ 八捌 9 ⇒ 九玖
10⇒ 十拾 20⇒ 廿 30⇒ 丗
千 ⇒ 阡 万⇒ 萬
年号を西暦になおす
・明治○年⇒ ○+67+1800=西暦● ○-33+1900=●
・大正○年⇒ ○+11+1900=西暦●
・昭和○年⇒ ○+25+1900=西暦●
・平成○年⇒ ○+88+1900=西暦● ○-12+2000=●
覚え方の語呂合わせ
命虚し、大尉~、小児語、兵はっぱ、低いに
(めいむなし、たいい~、しょうにご、へいはっぱ、ひくいに)
年号換算表
年号一覧
数年前に、突然、家系図を作りたくなり


とりあえず、放置

数ヵ月後のマイブーム!家系図作成!の到来期で、
再着手! 乗り越え!を何度か繰り返し

5~6年越しで、やっと完成

マイルーツをさかのぼりながら、想像の世界を楽めました

この時代に、この方々が生きていたんだ


専門家に依頼すると10万円ほどかかりますが、自分でも作れます

4家の家系図があれば、 最高の供養に繋がるそうですよ

家系図を作ってる時やお墓参りしている時、その人達を思い出しているから、それが供養につながるのかしら・・・。
今現在の日本の宗教団体の組織に属すのは苦手だけど・・・

宗教に属してないので、洗脳もされていないのに、
自由意志でこんな事に興味が湧くって、不思議

役割ですかね



家系図(family tree)の作成方法
ご先祖様の情報収集をして、まとめる。 以上
ご先祖様の情報収集の仕方
情報収集① 戸籍謄本や除籍謄本や改正原戸籍を取寄せる
戸籍の情報を読みとる
情報収集② 位牌、お墓、過去帳、菩提寺での調査、親族に話しを聞く。
情報収集③ 旧土地台帳を見に行く。(または取り寄せる)
まとめる
情報収集①
2010.06.19戸籍謄本や除籍謄本や改正原戸籍を取寄せる
1)自分自身の戸籍謄本を取得。(本籍のある役所で)
2)親、祖父母以前の戸籍謄本(亡くなっていれば除籍謄本)と
あれば改正原戸籍を取得。

役所に存在する戸籍謄本は、明治時代の戸籍から処分が開始されています。
役所が古い戸籍謄本を保存しておく期限は80 年間。

戸籍謄本 ⇒ 戸籍に記載された内容の全てについての証明書。
除籍謄本 ⇒ 結婚や死亡で一戸籍から全員が抜けた場合、戸籍は除籍となり別に保存
改正原戸籍⇒ 法改正により現在の戸籍に書き換えられる前の戸籍。
現在の戸籍ではなく古い戸籍。

謄本(とうほん)⇒ 戸籍全部を写したもの。その戸籍に入っている人は全員載っている。
抄本(しょうほん)⇒ 戸籍の1部(1人分)を写したもの


印鑑を持参。印鑑がない場合は、身分証明書の提示を求められることも。
1)市民課・住民課に行く。
2)戸籍・除籍謄本申請書類に必要事項を記入。(父方、母方、別々に取る)
戸籍筆頭者の名前、本籍地、筆頭者との関係、請求理由(先祖供養)
3)「取れるところまで戸籍を取っていただけますか?」と言います。
手数料 ⇒ 戸籍謄本1通450円、除籍謄本1通750円(自治体により違う)

申請書・本人確認書類・手数料・返信用封筒(切手添付)を入れて送る。
1~2週間で返送されてくる。
以下のもの4点を同封して本籍地のある役所へ郵送します。
①申請書
・役所、役場のホームページからダウンロードし、記入
・用紙に必要事項を記入し、自分で作成する。
【必要事項】
本籍地、戸籍筆頭者氏名(とる人やとる人の旦那様や親や兄等)、
生年月日、氏名住所(自分の)、申請理由、必要枚数、
取れるところまで全て(戸籍・除籍謄本、改正原戸籍)お願いしますと記入。
私は、どこかの市からDLした用紙を、修正ペンで不要箇所をけし、コピーして使っていました。
②手数料
・電話などで当該役所へ問い合わせる。HPにのっている。
・郵便小為替又は現金書留を利用。
多めに入れておき、使わなければ返してもらう。

※合計金額を考えて、上手に利用しないと、手数料がすごく高くなります!!
・定額小為替 (小額を送るのに便利)
額面は12種類 (50、100、150、200、250、300、350、400、450、500、750、1000円)
手数料 ⇒ 1枚発行するのに100円 (50円だと150円になる)
除籍・改製原戸籍 ⇒ 1通750円 手数料と併せた金額⇒+100で 850円
戸籍 ⇒ 450円 手数料と併せた金額⇒+100で 550円
・普通為替 (指定金額で1枚の為替を作る)
手数料 ⇒ 3万円未満は420円、3万円以上は630円
※注意!
住所と氏名を書く欄があるが、無記名で送る
ここに書いた本人しか受け取りができない。
「名前をご記入下さい」とあったので、書いて捺印し送ったら、
使えないと送り返され、やる気をなくした経験あり。
昔は750円為替がなく、手数料が1枚につきかかるとは知らず「500円1枚、100円2枚、50円1枚下さい」と・・
窓口で知ってびっくり!謄本2枚分1500円を1000円500円各1枚にしました。

③本人確認書類
自分と祖父母との関係を示すため、自身と親の戸籍謄本 ※ないと、スムーズに運びません。
戸籍法で直系親族以外は戸籍・除籍謄本を取ることができません。
※直系親族とは曾孫、孫、子、本人、父母、祖父母、曾祖父母、高祖父母
④返信用の封筒(A4サイズ)
自分の住所、氏名を書き、郵便切手も貼る。
情報収集②
2011.10.08戸籍謄本や除籍謄本を取り寄せて、完成と思っていた家系図を取り出してきて、
再度、意味の分からなかった土地台帳と菩提寺に着手することに

土地台帳は、まず、郵送で取り寄せて、そして、近辺の台帳も見るために、直接、法務局へ行くことに

そして、メインイベントの先祖が育った土地のエネルギーを感じ取りに行きました

除籍謄本からの情報で、一人気になっていた人がいたので・・・

位牌、お墓、過去帳、菩提寺での調査、親族に話しを聞く
1)お墓参りにいく。
2)親族に会いに行って聞く。 長男さんは、過去帳を持っている方が多いので、見せてもらう。
3)菩提寺に行く

代々その寺の宗旨に帰依して、(先祖の)位牌を納めてある寺
情報収集③
2011.10.09③旧土地台帳を見に行く(取り寄せる)
1)現住所を確認する (市役所や役場で確認。メールや電話)
2)管轄されている法務局から、取り寄せる or 法務局へ見に行く
3)直接、土地に行く

元来土地に税金をかける等、
土地の状況を明らかにする為に作られた地籍簿であり、
昭和35~40年頃にかけて登記等の原簿となり(一元化)廃止された地籍の台帳。



申請書・返信用封筒(切手添付)を入れて送る。
数日~ 2週間で返送されてくる。
以下のもの2点を同封して、現住所が管轄されている法務局へ郵送します。
①申請書
・用紙に必要事項を記入し、自分で作成する。
【必要事項】
現住所(旧住所)。番地が必ず必要。
氏名・住所・連絡先(自分の)
②返信用の封筒
自分の住所、氏名を書き、郵便切手も貼る。
まとめる
2011.10.10


家計図用のソフト 無料
excel97で動くソフト。シンプルなソフトで、氏名のみの横型ツリー作成。
Family Tree Builder 無料
ネットワークサービスとパソコン上のソフト。パソコンソフトは日本語対応してません。
家系図ツールズ 1000円
機能は豊富ですが、自動配置の機能はなし。体験版ソフトダウンロードあり。
家系図・つきあいデータベース ルーツ2006 26,800円
日常的に使え、住所録・年賀状・贈答管理機能を強化。体験版ダウンロードあり。
戸籍の情報を読みとる
2010.06.19

①戸籍謄本や除籍謄本や改正原戸籍を取寄せる
戸籍の情報を読みとる。
②位牌、お墓、過去帳、菩提寺での調査、親族に話しを聞く。
③旧土地台帳を見に行く。(または取り寄せる)
①-2戸籍の情報を読みとる

古い謄本を取り寄せると現在は存在しない地名が出てくることもある。
検索エンジンで古い地名を検索すれば、ある程度現代の場所を特定可能

Koin変体仮名の転載元のHP


それ以降は、番地に改められ、番屋敷(番戸)と番地では概念が違う。

古い戸籍には旧字体が多く使われております。
1 ⇒ 一壱弌 2 ⇒ 二弐貳弍 3⇒ 三参參
4 ⇒ 四肆 5 ⇒ 五伍 6 ⇒ 六陸
7 ⇒ 七漆 8 ⇒ 八捌 9 ⇒ 九玖
10⇒ 十拾 20⇒ 廿 30⇒ 丗
千 ⇒ 阡 万⇒ 萬

・明治○年⇒ ○+67+1800=西暦● ○-33+1900=●
・大正○年⇒ ○+11+1900=西暦●
・昭和○年⇒ ○+25+1900=西暦●
・平成○年⇒ ○+88+1900=西暦● ○-12+2000=●

命虚し、大尉~、小児語、兵はっぱ、低いに
(めいむなし、たいい~、しょうにご、へいはっぱ、ひくいに)

平成 | 昭和 | 大正 | 明治 | 江戸時代 | |||||||
22 | 2010 | 63 | 1988 | 14 | 1925 | 44 | 1911 | 慶応3 | 1867 | 天保14 | 1844 |
21 | 2009 | 62 | 1987 | 13 | 1924 | 43 | 1910 | 2 | 1866 | 元 | 1830 |
20 | 2008 | 61 | 1986 | 12 | 1923 | 42 | 1909 | 元 | 1865 | 文政12 | 1830 |
19 | 2007 | 60 | 1985 | 11 | 1922 | 41 | 1908 | 元治 | 1864 | 元 | 1818 |
18 | 2006 | 59 | 1984 | 10 | 1921 | 40 | 1907 | 文久3 | 1863 | 文化14 | 1818 |
17 | 2005 | 58 | 1983 | 9 | 1920 | 39 | 1906 | 2 | 1862 | 元 | 1804 |
16 | 2004 | 57 | 1982 | 8 | 1919 | 38 | 1905 | 元 | 1861 | 享和3 | 1804 |
15 | 2003 | 56 | 1981 | 7 | 1918 | 37 | 1904 | 万延 | 1860 | 元 | 1801 |
14 | 2002 | 55 | 1980 | 6 | 1917 | 36 | 1903 | 安政6 | 1859 | 寛政12 | 1801 |
13 | 2001 | 54 | 1979 | 5 | 1916 | 35 | 1902 | 5 | 1858 | 元 | 1789 |
12 | 2000 | 53 | 1978 | 4 | 1915 | 34 | 1901 | 4 | 1857 | 天明8 | 1789 |
11 | 1999 | 52 | 1977 | 3 | 1914 | 33 | 1900 | 3 | 1856 | 元 | 1781 |
10 | 1998 | 51 | 1976 | 2 | 1913 | 32 | 1899 | 2 | 1855 | 安永9 | 1781 |
9 | 1997 | 50 | 1975 | 1 | 1912 | 31 | 1898 | 元 | 1854 | 元 | 1772 |
8 | 1996 | 49 | 1974 | 30 | 1897 | 嘉永6 | 1853 | 明和8 | 1772 | ||
7 | 1995 | 48 | 1973 | 29 | 1896 | 5 | 1852 | 元 | 1764 | ||
6 | 1994 | 47 | 1972 | 28 | 1895 | 4 | 1851 | 宝暦13 | 1764 | ||
5 | 1993 | 40 | 1971 | 27 | 1894 | 3 | 1850 | 元 | 1751 | ||
4 | 1992 | 30 | 1961 | 26 | 1893 | 2 | 1849 | 寛延3 | 1751 | ||
3 | 1991 | 20 | 1951 | 20 | 1887 | 元 | 1848 | 元 | 1748 | ||
2 | 1990 | 10 | 1941 | 10 | 1877 | 弘化4 | 1847 | 延享4 | 1748 | ||
元 | 1989 | 元 | 1930 | 元 | 1868 | 3 | 1846 | 元 | 1744 | ||
2 | 1845 | 寛保3 | 1744 | ||||||||
元 | 1844 | 元 | 1741 | ||||||||
元文5 | 1741 | ||||||||||
元 | 1736 |

時 代 | 年号 | 西 暦 | 改元日 |
飛鳥時代 | 大化 (たいか) | 645~650 | 6/19 |
白雉 (はくち) | 650~654 | 2/15 | |
朱鳥 (しゅちょう) | 686 | 7/20 | |
大宝 (たいほう) | 701~704 | 3/21 | |
慶雲 (けいうん) | 704~708 | 5/10 | |
和銅 (わどう) | 708~715 | 1/11 | |
奈良時代 | 霊亀 (れいき) | 715~717 | 9/2 |
養老 (ようろう) | 717~724 | 11/17 | |
神亀 (じんき) | 724~729 | 2/4 | |
天平 (てんぴょう) | 729~749 | 8/5 | |
天平感宝(てんぴょうかんぽう) | 749 | 4/14 | |
天平勝宝(てんぴょうしょうほう) | 749~757 | 7/2 | |
天平宝字 (てんぴょうほうじ) | 757~765 | 8/18 | |
天平神護 (てんぴょうしんご) | 765~767 | 1/7 | |
神護景雲 (しんごけいうん) | 767~770 | 8/16 | |
宝亀 (ほうき) | 770~781 | 10/1 | |
天応 (てんおう) | 781~782 | 1/1 | |
延暦 (えんりゃく) | 782~806 | 8/19 | |
平安時代 | 大同 (だいどう) | 806~810 | 5/18 |
弘仁 (こうにん) | 810~824 | 9/19 | |
天長 (てんちょう) | 824~834 | 1/5 | |
承和 (じょうわ) | 834~848 | 1/3 | |
嘉祥 (かしょう) | 848~851 | 6/13 | |
仁寿 (にんじゅ) | 851~854 | 4/28 | |
斎衡 (さいこう) | 854~857 | 11/30 | |
天安 (てんあん) | 857~859 | 2/21 | |
貞観 (じょうがん) | 859~877 | 4/15 | |
元慶 (がんぎょう) | 877~885 | 4/16 | |
仁和 (にんな) | 885~889 | 2/21 | |
寛平 (かんぴょう) | 889~898 | 4/27 | |
昌泰 (しょうたい) | 898~901 | 4/26 | |
延喜 (えんぎ) | 901~923 | 7/15 | |
延長 (えんちょう) | 923~931 | 閏4/11 | |
承平 (じょうへい) | 931~938 | 4/26 | |
天慶 (てんぎょう) | 938~947 | 5/22 | |
天暦 (てんりゃく) | 947~957 | 4/22 | |
天徳 (てんとく) | 957~961 | 10/27 | |
応和 (おうわ) | 961~964 | 2/16 | |
康保 (こうほう) | 964~968 | 7/10 | |
安和 (あんな) | 968~970 | 8/13 | |
天禄 (てんろく) | 970~973 | 3/25 | |
天延 (てんえん) | 973~976 | 12/20 | |
貞元 (じょうげん) | 976~978 | 7/13 | |
天元 (てんげん) | 978~983 | 11/29 | |
永観 (えいかん) | 983~985 | 4/15 | |
寛和 (かんな) | 985~987 | 4/27 | |
永延 (えいえん) | 987~989 | 4/5 | |
永祚 (えいそ) | 989~990 | 8/8 | |
正暦 (しょうりゃく) | 990~995 | 11/7 | |
長徳 (ちょうとく) | 995~999 | 2/22 | |
長保 (ちょうほう) | 999~1004 | 1/13 | |
寛弘 (かんこう) | 1004~1012 | 7/20 | |
長和 (ちょうわ) | 1012~1017 | 12/25 | |
寛仁 (かんにん) | 1017~1021 | 4/23 | |
治安 (じあん) | 1021~1024 | 2/2 | |
万寿 (まんじゅ) | 1024~1028 | 7/13 | |
長元 (ちょうげん) | 1028~1037 | 7/25 | |
長暦 (ちょうりゃく) | 1037~1040 | 4/21 | |
長久 (ちょうきゅう) | 1040~1044 | 11/10 | |
寛徳 (かんとく) | 1044~1046 | 11/24 | |
永承 (えいしょう) | 1046~1053 | 4/14 | |
天喜 (てんぎ) | 1053~1058 | 1/11 | |
康平 (こうへい) | 1058~1065 | 8/29 | |
治暦 (じりゃく) | 1065~1069 | 8/2 | |
延久 (えんきゅう) | 1069~1074 | 4/13 | |
承保 (じょうほう) | 1074~1077 | 8/23 | |
承暦 (じょうりゃく) | 1077~1081 | 11/17 | |
永保 (えいほう) | 1081~1084 | 2/10 | |
応徳 (おうとく) | 1084~1087 | 2/7 | |
寛治 (かんじ) | 1087~1094 | 4/7 | |
嘉保 (かほう) | 1094~1096 | 12/15 | |
永長 (えいちょう) | 1096~1097 | 12/17 | |
承徳 (じょうとく) | 1097~1099 | 11/21 | |
康和 (こうわ) | 1099~1104 | 8/28 | |
長治 (ちょうじ) | 1104~1106 | 2/10 | |
嘉承 (かじょう) | 1106~1108 | 4/9 | |
天仁 (てんにん) | 1108~1110 | 8/3 | |
天永 (てんえい) | 1110~1113 | 7/13 | |
永久 (えいきゅう) | 1113~1118 | 7/13 | |
元永 (げんえい) | 1118~1120 | 4/3 | |
保安 (ほうあん) | 1120~1124 | 4/10 | |
天治 (てんじ) | 1124~1126 | 4/3 | |
大治 (だいじ) | 1126~1131 | 1/22 | |
天承 (てんしょう) | 1131~1132 | 1/29 | |
長承 (ちょうしょう) | 1132~1135 | 8/11 | |
保延 (ほうえん) | 1135~1141 | 4/27 | |
永治 (えいじ) | 1141~1142 | 7/10 | |
康治 (こうじ) | 1142~1144 | 4/28 | |
天養 (てんよう) | 1144~1145 | 2/23 | |
久安 (きゅうあん) | 1145~1151 | 7/22 | |
仁平 (にんぺい) | 1151~1154 | 1/26 | |
久寿 (きゅうじゅ) | 1154~1156 | 10/28 | |
保元 (ほうげん) | 1156~1159 | 4/27 | |
平治 (へいじ) | 1159~1160 | 4/20 | |
永暦 (えいりゃく) | 1160~1161 | 1/10 | |
応保 (おうほう) | 1161~1163 | 9/4 | |
長寛 (ちょうかん) | 1163~1165 | 3/29 | |
永万 (えいまん) | 1165~1166 | 6/5 | |
仁安 (にんあん) | 1166~1169 | 8/27 | |
嘉応 (かおう) | 1169~1171 | 4/8 | |
承安 (じょうあん) | 1171~1175 | 4/21 | |
安元 (あんげん) | 1175~1177 | 7/28 | |
治承 (じしょう) | 1177~1181 | 8/4 | |
養和 (ようわ) | 1181~1182 | 7/14 | |
寿永 (じゅえい) | 1182~1184 | 5/27 | |
元暦 (げんりゃく) | 1184~1185 | 4/16 | |
文治 (ぶんじ) | 1185~1190 | 8/14 | |
鎌倉時代 | 建久 (けんきゅう) | 1190~1199 | 4/11 |
正治 (しょうじ) | 1199~1201 | 4/27 | |
建仁 (けんにん) | 1201~1204 | 2/13 | |
元久 (げんきゅう) | 1204~1206 | 2/20 | |
建永 (けんえい) | 1206~1207 | 4/27 | |
承元 (じょうげん) | 1207~1211 | 10/25 | |
建暦 (けんりゃく) | 1211~1213 | 3/9 | |
建保 (けんぽう) | 1213~1219 | 12/6 | |
承久 (じょうきゅう) | 1219~1222 | 4/12 | |
貞応 (じょうおう) | 1222~1224 | 4/13 | |
元仁 (げんにん) | 1224~1225 | 11/20 | |
嘉禄 (かろく) | 1225~1227 | 4/20 | |
安貞 (あんてい) | 1227~1229 | 12/10 | |
寛喜 (かんき) | 1229~1232 | 3/5 | |
貞永 (じょうえい) | 1232~1233 | 4/2 | |
天福 (てんぷく) | 1233~1234 | 4/15 | |
文暦 (ぶんりゃく) | 1234~1235 | 11/5 | |
嘉禎 (かてい) | 1235~1238 | 9/19 | |
暦仁 (りゃくにん) | 1238~1239 | 11/23 | |
延応 (えんおう) | 1239~1240 | 2/7 | |
仁治 (にんじ) | 1240~1243 | 7/16 | |
寛元 (かんげん) | 1243~1247 | 2/26 | |
宝治 (ほうじ) | 1247~1249 | 2/28 | |
建長 (けんちょう) | 1249~1256 | 3/18 | |
康元 (こうげん) | 1256~1257 | 10/5 | |
正嘉 (しょうか) | 1257~1259 | 3/14 | |
正元 (しょうげん) | 1259~1260 | 3/26 | |
文応 (ぶんおう) | 1260~1261 | 4/13 | |
弘長 (こうちょう) | 1261~1264 | 2/20 | |
文永 (ぶんえい) | 1264~1275 | 2/28 | |
建治 (けんじ) | 1275~1278 | 4/25 | |
弘安 (こうあん) | 1278~1288 | 2/29 | |
正応 (しょうおう) | 1288~1293 | 4/28 | |
永仁 (えいにん) | 1293~1299 | 8/5 | |
正安 (しょうあん) | 1299~1302 | 4/25 | |
乾元 (けんげん) | 1302~1303 | 11/21 | |
嘉元 (かげん) | 1303~1306 | 8/5 | |
徳治 (とくじ) | 1306~1308 | 12/14 | |
延慶 (えんきょう) | 1308~1311 | 10/9 | |
応長 (おうちょう) | 1311~1312 | 4/28 | |
正和 (しょうわ) | 1312~1317 | 3/20 | |
文保 (ぶんぽう) | 1317~1319 | 2/3 | |
元応 (げんおう) | 1319~1321 | 4/28 | |
元亨 (げんこう) | 1321~1324 | 2/23 | |
正中 (しょうちゅう) | 1324~1326 | 12/9 | |
嘉暦 (かりゃく) | 1326~1329 | 4/26 | |
南北朝時代 | 元徳 (げんとく) | 1329~1331 | 8/29 |
北朝 | 元徳 (げんとく) | 1329~1332 | 8/29 |
南朝 | 元弘 (げんこう) | 1331~1334 | 8/9 |
北朝 | 正慶 (しょうきょう) | 1332~1334 | 4/28 |
南朝 | 建武 (けんむ) | 1334~1336 | 1/29 |
北朝 | 建武 (けんむ) | 1334~1338 | 1/29 |
南朝 | 延元 (えんげん) | 1336~1340 | 2/29 |
北朝 | 暦応 (りゃくおう) | 1338~1342 | 8/28 |
南朝 | 興国 (こうこく) | 1340~1346 | 4/28 |
北朝 | 康永 (こうえい) | 1342~1345 | 4/27 |
北朝 | 貞和 (じょうわ) | 1345~1350 | 10/21 |
南朝 | 正平 (しょうへい) | 1346~1370 | 12/8 |
北朝 | 観応 (かんおう) | 1350~1352 | 2/27 |
北朝 | 文和 (ぶんな) | 1352~1356 | 9/27 |
北朝 | 延文 (えんぶん) | 1356~1361 | 3/28 |
北朝 | 康安 (こうあん) | 1361~1362 | 3/29 |
北朝 | 貞治 (じょうじ) | 1362~1368 | 9/23 |
北朝 | 応安 (おうあん) | 1368~1375 | 2/18 |
南朝 | 建徳 (けんとく) | 1370~1372 | 7/24 |
南朝 | 文中 (ぶんちゅう) | 1372~1375 | 4/? |
南朝 | 天授 (てんじゅ) | 1375~1381 | 5/27 |
北朝 | 永和 (えいわ) | 1375~1379 | 2/27 |
北朝 | 康暦 (こうりゃく) | 1379~1381 | 3/22 |
南朝 | 弘和 (こうわ) | 1381~1384 | 2/10 |
北朝 | 永徳 (えいとく) | 1381~1384 | 2/24 |
南朝 | 元中 (げんちゅう) | 1384~1392 | 4/28 |
北朝 | 至徳 (しとく) | 1384~1387 | 2/27 |
北朝 | 嘉慶 (かきょう) | 1387~1389 | 8/23 |
北朝 | 康応 (こうおう) | 1389~1390 | 2/9 |
北朝 | 明徳 (めいとく) | 1390~1394 | 3/26 |
室町時代 | 明徳に合一 () | 1392~1394 | |
応永 (おうえい) | 1394~1428 | 7/5 | |
正長 (しょうちょう) | 1428~1429 | 4/27 | |
永享 (えいきょう) | 1429~1441 | 9/5 | |
嘉吉 (かきつ) | 1441~1444 | 2/17 | |
文安 (ぶんあん) | 1444~1449 | 2/5 | |
宝徳 (ほうとく) | 1449~1452 | 7/28 | |
享徳 (きょうとく) | 1452~1455 | 7/25 | |
康正 (こうしょう) | 1455~1457 | 7/25 | |
長禄 (ちょうろく) | 1457~1460 | 9/28 | |
寛正 (かんしょう) | 1460~1466 | 12/21 | |
文正 (ぶんしょう) | 1466~1467 | 2/28 | |
応仁 (おうにん) | 1467~1469 | 3/5 | |
文明 (ぶんめい) | 1469~1487 | 4/28 | |
長享 (ちょうきょう) | 1487~1489 | 7/20 | |
延徳 (えんとく) | 1489~1492 | 8/21 | |
明応 (めいおう) | 1492~1501 | 7/19 | |
文亀 (ぶんき) | 1501~1504 | 2/29 | |
永正 (えいしょう) | 1504~1521 | 2/30 | |
大永 (だいえい) | 1521~1528 | 8/23 | |
享禄 (きょうろく) | 1528~1532 | 8/20 | |
天文 (てんぶん) | 1532~1555 | 7/29 | |
弘治 (こうじ) | 1555~1558 | 10/23 | |
永禄 (えいろく) | 1558~1570 | 2/28 | |
元亀 (げんき) | 1570~1573 | 4/23 | |
安土桃山時代 | 天正 (てんしょう) | 1573~1592 | 7/28 |
文禄 (ぶんろく) | 1592~1596 | 12/8 | |
慶長 (けいちょう) | 1596~1615 | 10/27 | |
江戸時代 | 元和 (げんな) | 1615~1624 | 7/13 |
寛永 (かんえい) | 1624~1644 | 2/30 | |
正保 (しょうほう) | 1644~1648 | 12/16 | |
慶安 (けいあん) | 1648~1652 | 2/15 | |
承応 (じょうおう) | 1652~1655 | 9/18 | |
明暦 (めいれき) | 1655~1658 | 4/13 | |
万治 (まんじ) | 1658~1661 | 7/23 | |
寛文 (かんぶん) | 1661~1673 | 4/25 | |
延宝 (えんぽう) | 1673~1681 | 9/21 | |
天和 (てんな) | 1681~1684 | 9/29 | |
貞享 (じょうきょう) | 1684~1688 | 2/21 | |
元禄 (げんろく) | 1688~1704 | 9/30 | |
宝永 (ほうえい) | 1704~1711 | 3/13 | |
正徳 (しょうとく) | 1711~1716 | 4/25 | |
享保 (きょうほう) | 1716~1736 | 6/22 | |
元文 (げんぶん) | 1736~1741 | 4/28 | |
寛保 (かんぽう) | 1741~1744 | 2/27 | |
延享 (えんきょう) | 1744~1748 | 2/21 | |
寛延 (かんえん) | 1748~1751 | 7/12 | |
宝暦 (ほうれき) | 1751~1764 | 10/27 | |
明和 (めいわ) | 1764~1772 | 6/2 | |
安永 (あんえい) | 1772~1781 | 11/16 | |
天明 (てんめい) | 1781~1789 | 4/2 | |
寛政 (かんせい) | 1789~1801 | 1/25 | |
享和 (きょうわ) | 1801~1804 | 2/5 | |
文化 (ぶんか) | 1804~1818 | 2/11 | |
文政 (ぶんせい) | 1818~1830 | 4/22 | |
天保 (てんぽう) | 1830~1844 | 12/10 | |
弘化 (こうか) | 1844~1848 | 12/2 | |
嘉永 (かえい) | 1848~1854 | 2/28 | |
安政 (あんせい) | 1854~1860 | 11/27 | |
万延 (まんえん) | 1860~1861 | 3/18 | |
文久 (ぶんきゅう) | 1861~1864 | 2/19 | |
元治 (げんじ) | 1864~1865 | 2/20 | |
慶応 (けいおう) | 1865~1868 | 4/7 | |
明治 | 明治 (めいじ) | 1868~1912 | 9/8 |
大正 | 大正 (たいしょう) | 1912~1926 | 7/30 |
昭和 | 昭和 (しょうわ) | 1926~1989 | 12/25 |
平成 | 平成 (へいせい) | 1989~ | 1/8 |
Entry ⇒ 2011.10.08 | Category ⇒ *仏 -寺,家系図 | Comments (0) | Trackbacks (0)
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仁徳天皇陵
先日、仁徳天皇陵(百舌鳥耳原中陵、大仙陵古墳、大仙古墳、仁徳御陵)に初めて行ってきました
車でウロウロしておりましたら、突然、目にとびこんできたので、
「堺市も世界遺産登録に頑張っているし、一度行ってみたいなぁ・・・・っと
でも、駐車場に停めに行くのが面倒だなぁ・・・っと」
グズグズ運転をしておりましたら、
左手に、こじんまりした無料駐車場発見
駐車場らしからぬ、ポールがたくさんあり閉鎖しているような入りにくい駐車場でしたけど・・・
後ろから車も来ていなかったので、無事、駐車場に入れました
駐車場から徒歩20秒で仁徳天皇陵 拝所のどまん前です
古墳に向かって、古墳を見つめていると
不思議な空気を感じなながら、胸がいっぱいになり、
何かが溢れてきそうになりましたが・・・
観光ガイドのおじさんが近づいてきたので、
我にもどって、おじさんのお話を聞かせて頂きました
堺市に縁がありますが、こちらに来たのは初です。
隣の大仙公園の中にあるお茶室『伸庵』にはきたことがあるのですけどね~
仁徳天皇(にんとくてんのう)
・日本の第16代天皇
・神功皇后摂政57年(257年) - 仁徳天皇87年1月16日(399年2月7日))
・在位:仁徳天皇元年1月3日(313年2月14日) - 同87年1月16日(399年2月7日))
・百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)に葬られた。
天 皇 名 仁天皇(にんとくてんのう)
御 父 應天皇
御 母 皇后仲命
御 陵 名 百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)
陵 形 前方後円
所 在 地 大阪府堺市堺区大仙町
交通機関等 JR「百舌鳥」下車 西へ0.4km
大仙陵古墳(だいせんりょうこふん、大仙古墳、大山古墳)
・百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)との陵号
一般的には仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう)、仁徳御陵(にんとくごりょう)と呼ばれる。
・大阪府堺市堺区大仙町に存在する日本最大の前方後円墳。
周囲の古墳と共に百舌鳥古墳群を構成している。墓域面積が世界最大であるとされる。
・宮内庁により仁徳天皇の陵墓と治定されている



2011年10月15日(土)
堺大茶会@大仙公園に立ち寄った際に、参拝

2011年10月吉日
堺東に行くときに、道に迷ってたどり着きました。



車でウロウロしておりましたら、突然、目にとびこんできたので、
「堺市も世界遺産登録に頑張っているし、一度行ってみたいなぁ・・・・っと
でも、駐車場に停めに行くのが面倒だなぁ・・・っと」
グズグズ運転をしておりましたら、
左手に、こじんまりした無料駐車場発見

駐車場らしからぬ、ポールがたくさんあり閉鎖しているような入りにくい駐車場でしたけど・・・

後ろから車も来ていなかったので、無事、駐車場に入れました

駐車場から徒歩20秒で仁徳天皇陵 拝所のどまん前です

古墳に向かって、古墳を見つめていると
不思議な空気を感じなながら、胸がいっぱいになり、
何かが溢れてきそうになりましたが・・・
観光ガイドのおじさんが近づいてきたので、
我にもどって、おじさんのお話を聞かせて頂きました

堺市に縁がありますが、こちらに来たのは初です。
隣の大仙公園の中にあるお茶室『伸庵』にはきたことがあるのですけどね~
仁徳天皇(にんとくてんのう)
・日本の第16代天皇
・神功皇后摂政57年(257年) - 仁徳天皇87年1月16日(399年2月7日))
・在位:仁徳天皇元年1月3日(313年2月14日) - 同87年1月16日(399年2月7日))
・百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)に葬られた。







大仙陵古墳(だいせんりょうこふん、大仙古墳、大山古墳)
・百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)との陵号
一般的には仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう)、仁徳御陵(にんとくごりょう)と呼ばれる。
・大阪府堺市堺区大仙町に存在する日本最大の前方後円墳。
周囲の古墳と共に百舌鳥古墳群を構成している。墓域面積が世界最大であるとされる。
・宮内庁により仁徳天皇の陵墓と治定されている



2011年10月15日(土)
堺大茶会@大仙公園に立ち寄った際に、参拝

2011年10月吉日
堺東に行くときに、道に迷ってたどり着きました。


Entry ⇒ 2011.09.15 | Category ⇒ *仏 -寺,家系図 | Comments (1) | Trackbacks (0)
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仏像
神社巡りは、よくしますが、
仏像ウォッチングも楽しそうですね
仏像の種類
如来
釈迦如来、阿弥陀如来、薬師如来、大日如来、毘盧舎那仏、など
菩薩
観世音菩薩(観音様)⇒・千手観音・如意輪観音・十一面観音
弥勒菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩、地蔵菩薩、など
明王
不動明王、降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王、孔雀明王、愛染明王、など
天
四天王⇒・多聞天(毘沙門天)・大黒天・弁財天・帝釈天
梵天 ⇒帝釈天、金剛力士(仁王)、吉祥天、弁財天、大黒天
仏像ウォッチングも楽しそうですね



釈迦如来、阿弥陀如来、薬師如来、大日如来、毘盧舎那仏、など

観世音菩薩(観音様)⇒・千手観音・如意輪観音・十一面観音
弥勒菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩、地蔵菩薩、など

不動明王、降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王、孔雀明王、愛染明王、など

四天王⇒・多聞天(毘沙門天)・大黒天・弁財天・帝釈天
梵天 ⇒帝釈天、金剛力士(仁王)、吉祥天、弁財天、大黒天
一番偉いのは如来
仏教の世界で一番偉いのは、如来と名のつく仏様です。
如来とは、悟りの境地に達したものという意味。
仏教における最終目標は悟りを得ることなので、如来と名のつく仏様が一番偉いのです。
奈良の大仏は毘盧舎那仏といいますが、これも如来の仲間です。
大日如来(だいにちにょらい)
密教の中心仏です。
華厳宗では毘盧遮那如来(びるしゃな・にょらい-奈良の大仏がこれ)といいます。
大日如来は宇宙の根源仏であり、宇宙そのものです。
全ての仏は大日如来から生まれたものということもできます。
曼陀羅の中心に描かれます。
胎蔵曼陀羅では種子アーク、真言ナウマク・サマンダボダナン・アビラウンケン、
金剛界曼陀羅では種子バン、真言オン・バサラダト・バン。
阿弥陀如来(あみだにょらい)
西方浄土の教主であり、曼陀羅では西に配置されます。
無量寿如来とも。浄土宗・浄土真宗のご本尊でもあります。
まだ菩薩として修行中の時に48の大願を立て、
その中に「全ての人が救済されるまで自分は仏にならない」と誓いました。
そのため、この如来に「南無阿弥陀仏」(阿弥陀さまに帰依します)と祈ると、
誰でも救われるとされます。
左に観音菩薩、右に勢至菩薩を脇侍として伴います。
種子キリーク、真言オン・アミリタテイゼイ・カラ・ウン。
薬師如来(やくしにょらい)
東方浄瑠璃世界の教主です。
阿弥陀如来が来世で人を救うのに対して現世で利益を与えてくれる存在として
古くはかなり信仰されていました。
人が重い病に倒れた時に薬師如来の経を49回読み、
49の灯りを灯し、49の五色の彩幡を作ると助かるとされます。
左に日光菩薩、右に日光菩薩を伴い、
宮毘羅大将(ぐびらたいしょう-こんぴらさま)を筆頭とする
12神将に取り囲まれています。
種子ベイ。真言オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ。
釈迦如来(しゃかにょらい)
仏教の創始者である釈迦ことゴーダマ・シッダルタその人です。
山での苦行の後、菩提樹の下で坐禅をして悟りを開きました。
舎利子・阿難陀など多くの弟子に恵まれ、その教えは急速に人々の間に広がりました。
釈迦如来は左に文殊菩薩、右に普賢菩薩を脇侍として伴います。
種子バク。真言ナウマク・サマンダボダナン・バク。
菩薩は如来の直属の部下
菩薩は如来のひとつ下の位で、もうすぐ悟りの境地に至る存在です。
仕事は如来を助けることなので、会社で言えば、社長の下の部長という感じでしょうか。
菩薩は、冠をかぶったりアクセサリーを身につけていたりします。
文殊菩薩(もんじゅぼさつ)
悟りの智恵を象徴する菩薩。「高知県」の語源です。
「3人よれば文殊の智恵」の文殊さま。
高速増殖炉「もんじゅ」は文殊菩薩のような智恵により、
この荒れ狂う核エネルギーを制御したい、という願いを込めて命名されたものです。
獅子に乗った姿で描かれます。
種子マン。真言オン・アラハシャ・ノウ。
普賢菩薩(ふげんぼさつ)
修行や悟りを象徴する菩薩。また文殊菩薩とともに諸菩薩の筆頭とされます。
延命菩薩の別名もあり、寿命を長くしてくれる存在とされます。
新型転換炉「ふげん」は普賢菩薩の修行の心で、
この核エネルギーの扱い方をよく知りたいという願いが込められています。
白い象に乗った姿で描かれます。
種子アン。真言オン・サンマヤ・ザトバン。
観音菩薩(かんのんぼさつ)
観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)・観自在菩薩(かんじざいぼさつ)とも。
南方の補陀落(ふだらく)浄土に住むとされます。
色々な人に教えを説くには、
それぞれの人に適した姿に変身すべきであるとして、
六観音・三十三観音・百観音など多くの姿に変身します。
日本では地蔵菩薩・不動明王とともに最も深く信仰された仏です。
聖観音は種子サ、真言オン・アロリキャ・ソワカ。
千手観音は種子キリーク、真言オン・バサラ・タ・ラマ・キリーク・ソワカ。
勢至菩薩(せいしぼさつ)
智恵の光で全ての人を照らし、人々に仏の力が働いていることを教えてあげる存在です。
この菩薩が行った場所では全ての悪道がなりを潜めるということから勢至の名前があります。
種子サク。真言オン・サンザンザン・サク・ソワカ。
地蔵菩薩(じぞうぼさつ)
「おじぞうさま」です。
六道(天道・人道・阿修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道)の全てに赴き、
全ての人々を救うとされます。
お釈迦様が亡くなってから、56億7千万年後に弥勒菩薩が出現するまでの間、
この世の救済を任されています。
種子カ。真言オン・カカカビ・サンマ・エイ・ソワカ。
虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)
地蔵が「地」を管理するのに対して、「空」を管理する対の存在の菩薩です。
虚空蔵菩薩は天なる父、地蔵菩薩は地なる母ともいうことができます。
(地蔵菩薩は女性神だと思います)
種子タラーク。真言オン・バザラ・アラタンノウ・オン・タラク・ソワカ、
あるいはナウボウ・アキャシャギャラバヤ・オン・アリキャ・マリボリ・ソワカ。
この真言を毎日100万回、100日間唱え続ければ飛躍的に記憶力が増大するとされます。
弥勒菩薩(みろくぼさつ)
釈迦入滅の567,000万年後に兜卒天(とそつてん)に出現し、
全ての人々を救うとされる未来世界の教主です。
キリスト教の「最後の審判」の思想はここから来ており、
日本に仏教が伝わった頃朝鮮半島で盛んに信仰されていました。
京都広隆寺の弥勒菩薩・半跏思惟像はその女性的でなまめかしい姿が有名です。
種子ユ。真言オン・マイタレイヤ・ソワカ。
派手なポーズと怒った顔が特徴の明王
明王は、仏教に帰依しようとしない者たちを力づくでも教え諭す役目を持つため、
怒りを表す表情をしており、ポーズも動きがあって派手です。
明王は背中に炎をしょった勇ましい姿で、表情も恐いですが、本当は心優しいとも言われます
不動明王(ふどうみょうおう)
明王とは悪しき存在を退け、呪力によって闇を明に転じる働きをする者です。
この明王グループは最も密教らしい仏たちということができるでしょう。
不動明王はそういった明王グループの中心的存在であり、
病気治癒などで民間でも最も信仰されている明王です。
剣を持ち火焔を背にして、矜羯羅(こんから)童子・制咤迦(せいたか)童子を従えています。
種子カーン。真言ナウマク・サマンダ・バザラ・ダンカン。
降三世明王(ごうさんぜみょうおう)
過去・現在・未来の三世における悪を排除する強力な明王です。
種子ウーン、真言オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バザラ・ウン・パッタ。
軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)
人のクンダリーニ(体内を足元から頭まで螺旋を描いて昇るエネルギー)の働きを象徴する明王です。
種子ウン、真言オン・アミリテイ・ウン・パッタ。
大威徳明王(だいいとくみょうおう)
六面六臂六足の姿のため、六足明王とも言われます。
真言オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケン・ソワカ。
大元帥明王(だいげんすいみょうおう)
明王軍団の統率者とされ、明王の中でも最も恐ろしい姿をしているとされる戦いの神。
種子ア。真言タリツ・タボリツ・パラボリツ・シャヤンメイ・シャヤンメイ・タララサンタン・ラエンビ・ソワカ。
無能勝明王(むのうしょうみょうおう)
誰もこの明王には勝つことができないとされる最強の力を持つ明王。
男性尊と女性尊があり、女性尊は歓喜天(ガネーシャ)を踏みつけています。
真言はしばしば薬師如来の真言オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカで代用します。
烏枢瑟摩明王(うすさまみょうおう)
火の神様で、不浄を消去する力があるとされます。
種子ウーン。真言オン・シュリマリママリ・マリシュシュリ・ソワカ。
愛染明王(あいぜんみょうおう)
弓矢を持った愛の神であり、西洋のキューピッドと同一起源です。
種子ウーン。真言オン・マカラギャ・バゾロ・ウシュニシャ・バザラ・サトバ・ジャクウン・バンコク。
この真言を30万回唱えると、必ず意中の人から愛されるようになるとされます。
孔雀明王(くじゃくみょうおう)
その他の明王
そのほか、金剛夜叉明王、歩擲(ぶちゃく)明王、大輪明王、馬頭明王、六字明王、大可畏明王、青棒明王、大力明王、転法輪明王などなどがあります。金剛夜叉明王は不動・降三世・軍荼利・大威徳とあわせて五大明王と呼ばれています。また、降三世・大威徳・軍荼利・大輪・馬頭・無能勝・不動・歩擲を八大明王といいます。
天はもともとインドの神様
もともとはインドに古くからあった宗教(ヒンズー教、バラモン教など)の神様が
仏教の世界に取り込まれたものです。
そのため、ヒンズー教の中での位は高くても、仏教界での位は下になります。
「天」と呼ばれる仏たちは仏教の守護神たちです。
一般にはインドの神様や悪鬼を起源としています。
大黒天(だいこくてん)
日本では大国主命(おおくにぬしのみこと)と習合されて
「だいこくさま」と呼ばれ、七福神の一つとされています。
元々はインドの三主神の一人シヴァ神の夜の姿マハーカーラで、
祈願する者の血肉と引き替えに妙薬を授ける恐怖の神です。
それがいつしか戦いの神あるいは厨房の神とされ、
日本ではすっかり福の神に変身しました。
種子マ。真言オン・マカキャラヤ・ソワカ。
帝釈天(たいしゃくてん)
インドの古い時代の主神インドラです。
仏教では刀利天(とうりてん)の主宰者とされ、四天王(以下に示す)の指揮をしているとされます。
現代日本ではフーテンの寅さんで有名ですね。
種子イー。真言ナウマク・サマンダ・ボダナン・インダラヤ・ソワカ。
毘沙門天(びしゃもんてん)
宇宙の創造神プラジャパティの孫で光の神(闇の神との説も)、
幸福の神。水精宮に住み、四天王の一人として北方を守護します。
四天王としての時は多聞天(たもんてん)と呼ばれます。
古来から武神として崇拝され、
特に上杉謙信はこれを深く信仰して毘沙門天の「毘」の文字を旗印として使用していました。
種子ベイ。真言ナウマク・サマンダ・ボダナン・ベイシラマンダヤ・ソワカ。
持国天(じこくてん)
四天王のひとつで東方を守護します。
種子ヂリ。真言オン・ヂリ・タラシュタラ・ララハラ・バ・タナウ・ソワカ。
増長天(ぞうちょうてん)
四天王のひとつで南方を守護します。
種子ビ。真言オン・ビ・ロ・ダ・キャヤ・キシャヂ・ハタエイ・ソワカ。
広目天(こうもくてん)
四天王のひとつで西方を守護します。
種子ビ。真言オン・ビ・ロ・ハ・キシャナウ・ギャヂ・ハタエイ・ソワカ。
吉祥天(きっしょうてん)
毘沙門天の妃とされ、幸福の神。
インドではラクシュミーと呼ばれ姉のアラクシュミー(不幸の神)と対の存在で、
有名な「カーマスートラ」のカーマ(愛の神)の母です。
仏教では鬼子母神の娘ともいわれます。東京の吉祥寺の町は、
東京都文京区の吉祥天を祭る吉祥寺の門前町が移転してできた町です。
古くは七福神の一人に数えられたこともありました。
種子シリー。真言オン・マカシリエイ・ソワカ。
摩利支天(まりしてん)
戦いの女神。ギリシャ神話のアテナのような威勢のいい神様です。
種子マ。真言オン・マリシエイ・ソワカ。
荼吉尼天(だきにてん)
本来は人間の肝を食べる夜叉でしたが、仏に諭されて、
もう余命の残っていない人の肝だけを食べるようになりました。
そのため、人間の寿命を見分ける力を与えられています。
日本では稲荷の神と同一視され、「おいなりさま」として祭られているケースが多々あります。
種子カン。真言ナウマク・サマンダ・ボダナン・キリカ・ソワカ。
歓喜天(かんきてん)
閻魔天(えんまてん)
地獄の裁判官で一般に「えんまさま」と呼ばれています。
日本では死んだ人間は閻魔様の前に連れていかれ、そこで生きていた間の罪を裁かれ、
その罪に応じた地獄に落とされて、一定期間修行をしてから極楽に迎えられるとされます。
この期間は落とされた場所によって異なり、
最も深い所にある無間地獄(むげんじごく)に落とされると26億年も修行しなければなりません。
種子エン。真言オン・ヤマラジャ・ウグラビリャ・アガッシャ・ソワカ。
自在天(じざいてん)
シヴァ神です。大自在天ともいいます。
インドではシヴァ・ヴィシュヌ・ブラフマーを三主神としており、
ブラフマーが宇宙を創造し、ヴィシュヌが維持して、シヴァが破壊するとされます。
種子マ。真言オン・マケイシラバヤ・ソワカ。
梵天(ぼんてん)
インドの三主神の一人ブラフマーです。
仏教説話では釈迦が生まれた時、悟りを開いた時に大きな役割を果たしています。
種子ボラ。真言ナウマク・サマンダ・ボダナン・ボラカンマネイ・ソワカ。
韋駄天(いだてん)
弁才天/弁財天(べんざいてん)
天部の神たちの中で、大黒天と並んで日本で最も崇拝されている神です。
水の神・学芸の神で元々は弁才天と書きましたが、
中世頃からは財産を与えてくれる神・商売繁盛の神として弁財天という書き方もされるようになりました。
水の神であることから日本では市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)と習合されて信仰されています。
種子ソ。真言オン・サラヴァスティエイ・ソワカ。
その他の天
地天(プルチビー)、水天(ヴァルナ)、火天(アグニ)、風天(ヴァーユ)、日天(アジチャ)、月天(カンドラ)、羅刹天(ナイルリティ)、伎芸天、伊舎那天(イシャーナ)、などがあります。
その他の仏
鬼子母神、地獄の十王、八大龍王、蔵王権現、牛頭天王、青面金剛、薬師如来の十二神将、千手観音の二十八部衆、天竜八部衆、仁王、多数の童子・使者などがあります。
仏教の世界で一番偉いのは、如来と名のつく仏様です。
如来とは、悟りの境地に達したものという意味。
仏教における最終目標は悟りを得ることなので、如来と名のつく仏様が一番偉いのです。
奈良の大仏は毘盧舎那仏といいますが、これも如来の仲間です。

密教の中心仏です。
華厳宗では毘盧遮那如来(びるしゃな・にょらい-奈良の大仏がこれ)といいます。
大日如来は宇宙の根源仏であり、宇宙そのものです。
全ての仏は大日如来から生まれたものということもできます。
曼陀羅の中心に描かれます。
胎蔵曼陀羅では種子アーク、真言ナウマク・サマンダボダナン・アビラウンケン、
金剛界曼陀羅では種子バン、真言オン・バサラダト・バン。

西方浄土の教主であり、曼陀羅では西に配置されます。
無量寿如来とも。浄土宗・浄土真宗のご本尊でもあります。
まだ菩薩として修行中の時に48の大願を立て、
その中に「全ての人が救済されるまで自分は仏にならない」と誓いました。
そのため、この如来に「南無阿弥陀仏」(阿弥陀さまに帰依します)と祈ると、
誰でも救われるとされます。
左に観音菩薩、右に勢至菩薩を脇侍として伴います。
種子キリーク、真言オン・アミリタテイゼイ・カラ・ウン。

東方浄瑠璃世界の教主です。
阿弥陀如来が来世で人を救うのに対して現世で利益を与えてくれる存在として
古くはかなり信仰されていました。
人が重い病に倒れた時に薬師如来の経を49回読み、
49の灯りを灯し、49の五色の彩幡を作ると助かるとされます。
左に日光菩薩、右に日光菩薩を伴い、
宮毘羅大将(ぐびらたいしょう-こんぴらさま)を筆頭とする
12神将に取り囲まれています。
種子ベイ。真言オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ。

仏教の創始者である釈迦ことゴーダマ・シッダルタその人です。
山での苦行の後、菩提樹の下で坐禅をして悟りを開きました。
舎利子・阿難陀など多くの弟子に恵まれ、その教えは急速に人々の間に広がりました。
釈迦如来は左に文殊菩薩、右に普賢菩薩を脇侍として伴います。
種子バク。真言ナウマク・サマンダボダナン・バク。
菩薩は如来の直属の部下
菩薩は如来のひとつ下の位で、もうすぐ悟りの境地に至る存在です。
仕事は如来を助けることなので、会社で言えば、社長の下の部長という感じでしょうか。
菩薩は、冠をかぶったりアクセサリーを身につけていたりします。

悟りの智恵を象徴する菩薩。「高知県」の語源です。
「3人よれば文殊の智恵」の文殊さま。
高速増殖炉「もんじゅ」は文殊菩薩のような智恵により、
この荒れ狂う核エネルギーを制御したい、という願いを込めて命名されたものです。
獅子に乗った姿で描かれます。
種子マン。真言オン・アラハシャ・ノウ。

修行や悟りを象徴する菩薩。また文殊菩薩とともに諸菩薩の筆頭とされます。
延命菩薩の別名もあり、寿命を長くしてくれる存在とされます。
新型転換炉「ふげん」は普賢菩薩の修行の心で、
この核エネルギーの扱い方をよく知りたいという願いが込められています。
白い象に乗った姿で描かれます。
種子アン。真言オン・サンマヤ・ザトバン。

観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)・観自在菩薩(かんじざいぼさつ)とも。
南方の補陀落(ふだらく)浄土に住むとされます。
色々な人に教えを説くには、
それぞれの人に適した姿に変身すべきであるとして、
六観音・三十三観音・百観音など多くの姿に変身します。
日本では地蔵菩薩・不動明王とともに最も深く信仰された仏です。
聖観音は種子サ、真言オン・アロリキャ・ソワカ。
千手観音は種子キリーク、真言オン・バサラ・タ・ラマ・キリーク・ソワカ。

智恵の光で全ての人を照らし、人々に仏の力が働いていることを教えてあげる存在です。
この菩薩が行った場所では全ての悪道がなりを潜めるということから勢至の名前があります。
種子サク。真言オン・サンザンザン・サク・ソワカ。

「おじぞうさま」です。
六道(天道・人道・阿修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道)の全てに赴き、
全ての人々を救うとされます。
お釈迦様が亡くなってから、56億7千万年後に弥勒菩薩が出現するまでの間、
この世の救済を任されています。
種子カ。真言オン・カカカビ・サンマ・エイ・ソワカ。

地蔵が「地」を管理するのに対して、「空」を管理する対の存在の菩薩です。
虚空蔵菩薩は天なる父、地蔵菩薩は地なる母ともいうことができます。
(地蔵菩薩は女性神だと思います)
種子タラーク。真言オン・バザラ・アラタンノウ・オン・タラク・ソワカ、
あるいはナウボウ・アキャシャギャラバヤ・オン・アリキャ・マリボリ・ソワカ。
この真言を毎日100万回、100日間唱え続ければ飛躍的に記憶力が増大するとされます。

釈迦入滅の567,000万年後に兜卒天(とそつてん)に出現し、
全ての人々を救うとされる未来世界の教主です。
キリスト教の「最後の審判」の思想はここから来ており、
日本に仏教が伝わった頃朝鮮半島で盛んに信仰されていました。
京都広隆寺の弥勒菩薩・半跏思惟像はその女性的でなまめかしい姿が有名です。
種子ユ。真言オン・マイタレイヤ・ソワカ。
派手なポーズと怒った顔が特徴の明王
明王は、仏教に帰依しようとしない者たちを力づくでも教え諭す役目を持つため、
怒りを表す表情をしており、ポーズも動きがあって派手です。
明王は背中に炎をしょった勇ましい姿で、表情も恐いですが、本当は心優しいとも言われます

明王とは悪しき存在を退け、呪力によって闇を明に転じる働きをする者です。
この明王グループは最も密教らしい仏たちということができるでしょう。
不動明王はそういった明王グループの中心的存在であり、
病気治癒などで民間でも最も信仰されている明王です。
剣を持ち火焔を背にして、矜羯羅(こんから)童子・制咤迦(せいたか)童子を従えています。
種子カーン。真言ナウマク・サマンダ・バザラ・ダンカン。

過去・現在・未来の三世における悪を排除する強力な明王です。
種子ウーン、真言オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バザラ・ウン・パッタ。

人のクンダリーニ(体内を足元から頭まで螺旋を描いて昇るエネルギー)の働きを象徴する明王です。
種子ウン、真言オン・アミリテイ・ウン・パッタ。

六面六臂六足の姿のため、六足明王とも言われます。
真言オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケン・ソワカ。

明王軍団の統率者とされ、明王の中でも最も恐ろしい姿をしているとされる戦いの神。
種子ア。真言タリツ・タボリツ・パラボリツ・シャヤンメイ・シャヤンメイ・タララサンタン・ラエンビ・ソワカ。

誰もこの明王には勝つことができないとされる最強の力を持つ明王。
男性尊と女性尊があり、女性尊は歓喜天(ガネーシャ)を踏みつけています。
真言はしばしば薬師如来の真言オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカで代用します。

火の神様で、不浄を消去する力があるとされます。
種子ウーン。真言オン・シュリマリママリ・マリシュシュリ・ソワカ。

弓矢を持った愛の神であり、西洋のキューピッドと同一起源です。
種子ウーン。真言オン・マカラギャ・バゾロ・ウシュニシャ・バザラ・サトバ・ジャクウン・バンコク。
この真言を30万回唱えると、必ず意中の人から愛されるようになるとされます。


そのほか、金剛夜叉明王、歩擲(ぶちゃく)明王、大輪明王、馬頭明王、六字明王、大可畏明王、青棒明王、大力明王、転法輪明王などなどがあります。金剛夜叉明王は不動・降三世・軍荼利・大威徳とあわせて五大明王と呼ばれています。また、降三世・大威徳・軍荼利・大輪・馬頭・無能勝・不動・歩擲を八大明王といいます。
天はもともとインドの神様
もともとはインドに古くからあった宗教(ヒンズー教、バラモン教など)の神様が
仏教の世界に取り込まれたものです。
そのため、ヒンズー教の中での位は高くても、仏教界での位は下になります。
「天」と呼ばれる仏たちは仏教の守護神たちです。
一般にはインドの神様や悪鬼を起源としています。

日本では大国主命(おおくにぬしのみこと)と習合されて
「だいこくさま」と呼ばれ、七福神の一つとされています。
元々はインドの三主神の一人シヴァ神の夜の姿マハーカーラで、
祈願する者の血肉と引き替えに妙薬を授ける恐怖の神です。
それがいつしか戦いの神あるいは厨房の神とされ、
日本ではすっかり福の神に変身しました。
種子マ。真言オン・マカキャラヤ・ソワカ。

インドの古い時代の主神インドラです。
仏教では刀利天(とうりてん)の主宰者とされ、四天王(以下に示す)の指揮をしているとされます。
現代日本ではフーテンの寅さんで有名ですね。
種子イー。真言ナウマク・サマンダ・ボダナン・インダラヤ・ソワカ。

宇宙の創造神プラジャパティの孫で光の神(闇の神との説も)、
幸福の神。水精宮に住み、四天王の一人として北方を守護します。
四天王としての時は多聞天(たもんてん)と呼ばれます。
古来から武神として崇拝され、
特に上杉謙信はこれを深く信仰して毘沙門天の「毘」の文字を旗印として使用していました。
種子ベイ。真言ナウマク・サマンダ・ボダナン・ベイシラマンダヤ・ソワカ。

四天王のひとつで東方を守護します。
種子ヂリ。真言オン・ヂリ・タラシュタラ・ララハラ・バ・タナウ・ソワカ。

四天王のひとつで南方を守護します。
種子ビ。真言オン・ビ・ロ・ダ・キャヤ・キシャヂ・ハタエイ・ソワカ。

四天王のひとつで西方を守護します。
種子ビ。真言オン・ビ・ロ・ハ・キシャナウ・ギャヂ・ハタエイ・ソワカ。

毘沙門天の妃とされ、幸福の神。
インドではラクシュミーと呼ばれ姉のアラクシュミー(不幸の神)と対の存在で、
有名な「カーマスートラ」のカーマ(愛の神)の母です。
仏教では鬼子母神の娘ともいわれます。東京の吉祥寺の町は、
東京都文京区の吉祥天を祭る吉祥寺の門前町が移転してできた町です。
古くは七福神の一人に数えられたこともありました。
種子シリー。真言オン・マカシリエイ・ソワカ。

戦いの女神。ギリシャ神話のアテナのような威勢のいい神様です。
種子マ。真言オン・マリシエイ・ソワカ。

本来は人間の肝を食べる夜叉でしたが、仏に諭されて、
もう余命の残っていない人の肝だけを食べるようになりました。
そのため、人間の寿命を見分ける力を与えられています。
日本では稲荷の神と同一視され、「おいなりさま」として祭られているケースが多々あります。
種子カン。真言ナウマク・サマンダ・ボダナン・キリカ・ソワカ。


地獄の裁判官で一般に「えんまさま」と呼ばれています。
日本では死んだ人間は閻魔様の前に連れていかれ、そこで生きていた間の罪を裁かれ、
その罪に応じた地獄に落とされて、一定期間修行をしてから極楽に迎えられるとされます。
この期間は落とされた場所によって異なり、
最も深い所にある無間地獄(むげんじごく)に落とされると26億年も修行しなければなりません。
種子エン。真言オン・ヤマラジャ・ウグラビリャ・アガッシャ・ソワカ。

シヴァ神です。大自在天ともいいます。
インドではシヴァ・ヴィシュヌ・ブラフマーを三主神としており、
ブラフマーが宇宙を創造し、ヴィシュヌが維持して、シヴァが破壊するとされます。
種子マ。真言オン・マケイシラバヤ・ソワカ。

インドの三主神の一人ブラフマーです。
仏教説話では釈迦が生まれた時、悟りを開いた時に大きな役割を果たしています。
種子ボラ。真言ナウマク・サマンダ・ボダナン・ボラカンマネイ・ソワカ。


天部の神たちの中で、大黒天と並んで日本で最も崇拝されている神です。
水の神・学芸の神で元々は弁才天と書きましたが、
中世頃からは財産を与えてくれる神・商売繁盛の神として弁財天という書き方もされるようになりました。
水の神であることから日本では市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)と習合されて信仰されています。
種子ソ。真言オン・サラヴァスティエイ・ソワカ。

地天(プルチビー)、水天(ヴァルナ)、火天(アグニ)、風天(ヴァーユ)、日天(アジチャ)、月天(カンドラ)、羅刹天(ナイルリティ)、伎芸天、伊舎那天(イシャーナ)、などがあります。

鬼子母神、地獄の十王、八大龍王、蔵王権現、牛頭天王、青面金剛、薬師如来の十二神将、千手観音の二十八部衆、天竜八部衆、仁王、多数の童子・使者などがあります。
Entry ⇒ 2010.04.11 | Category ⇒ *仏 -寺,家系図 | Comments (0) | Trackbacks (0)
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