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公家・士農工商

朝廷
    ・天皇を中心に公家の社会。
    ・律令体制(憲法)の中で定められた天皇を中心にした政治機構
幕府
    ・朝廷に任命された征夷大将軍が開き政治を行う武家の社会

大政奉還
    ・政権というのは元々朝廷にあるもので、
       幕府は征夷大将軍(将軍)という位を頂いて
       代わりに政権を執行している。
    ・しかし、幕末の朝廷は幕府の政治のやり方に疑問を持ち
       勅旨を出し幕府を倒して政権を取り戻そうとした。
       ところが幕府が自ら大政奉還したため
       倒幕する大義名分がなくなってしまった。



公家
     ・朝廷に仕える位階所有者や役職者、貴族・上級官人の総称。
     ・天皇に近侍し、または御所に出仕し、
        主に三位以上の位階を世襲する家。

家格
  五摂家、清華家(9家)・大臣家(3家)・羽林家(67家)・名家(27家)・半家(26家)

摂関家(五摂家)
    ・一条、九条、近衛、鷹司、二条
清華家
    ・大炊御門、花山院、菊亭(今出川)久我、西園寺、三条醍醐
     徳大寺広幡、大臣家、嵯峨(正親町三条)三条、西中院
羽林家
    ・飛鳥井姉小路、阿野
油小路
    ・綾小路、石山、今城、入江、岩倉、石野、
     植松、梅園、梅渓、裏辻正親町、大原、大宮、小倉、押小路
     愛宕、風早河鰭櫛笥、久世
     桜井、滋野井、四条、七条、清水谷持明院
     園池、高丘、高倉(藪)、高野、高松千種、中園
     中山、難波、西大路、西四辻庭田、野宮、橋本、八条、花園
     東久世、東園、樋口、藤谷、堀河町尻松木、水無瀬、
     壬生(葉川)武者小路室町(四辻)山科
     山井、山本、冷泉、六条、六角、鷲尾
名家
    ・池尻、梅小路、裏松、岡崎、交野、勘解由小路、勧修寺
     烏丸、甘露寺、北小路(藤原氏)芝山
     清閑寺、竹屋堤(中川)、外山、豊岡、中御門、長谷、葉室
     日野、日野西、平松、広橋坊城穂波(海住山)
     万里、小路三室戸、柳原
半家
    ・五辻、石井、唐橋、北小路(大江氏)、清岡、倉橋、桑原、
     五条沢、慈光寺、白川、高倉、高辻、竹内、土御門、富小路錦小路、
     西洞院、錦織、萩原、東坊城藤井(猪熊)藤波、伏原、舟橋、吉田



武士 
     ・戦士集団の構成員で、
         治安維持などに携わる事を公的に認められた存在


士・農・工・商、穢多(えた)、非人 
     ・士農工商の序列ではありましたが、
         実際としては、士・工・商・農、という序列。
     ・年貢(税金、または、武士の給与)確保のため、
         武士の次に農民が位置しましたが、
         士農工商で一番苦労したのは、農民

非人 
     ・元々は「人非人」あるいは「僧侶」の意味でした。
         つまり、人間界を捨てた「世捨て人」のことを指しました。
         やがて、賎民(せんみん=貧しい人)を指すようになりました。
     ・穢多と違っているところは、
          「皮細工等の生産に従わず」卑属な遊芸や物貰いの独占権を持ち、
         「穢多」よりも上位に位置していました。
     ・「非人」には2種類。
         「抱非人(かかえひにん)」と「野非人(のひにん)」
        野非人
          今日で言われる「路上生活者」
          ホームレスで、主に、農村部で飢饉や病気などにより
          年貢が納められなくなった者が「人別帳」を離れて
          江戸へ流入した者たちでした。
        抱非人
          1)姉妹伯母姪と密通した者。
          2)男女の心中(相対死)で女が生き残った場合。
             もしくは、両人とも生き残った場合。
          3)主人と下女の心中で主人が生き残った場合の主人。
          4)15歳未満で無宿の子どもが盗みをした時。


     ・「非人」は、罪で非人になっても、
         家族や親類縁者が、多少の「銭」を支払うことで、平民に戻れた。
      「穢多」は、「非人」よりも、さらに下位に置かれ、
         町民の住居からは、かけ離れた場所に
         一箇所に集めて住まわされました。
         「非人」の中でも、さらに「素行」が悪く、
         「非人の秩序」を乱す者などが対象でした。
         彼らは、例えば、死んだ牛馬を百姓から貰い受け、
         その肉を食い、皮は皮製品などにしました。
         斃牛馬(へいぎゅうば=死んだ牛馬)の取得権は
         「穢多」の何よりの独占権でした。
         その他、藁(わら)細工、燈心細工、破魔弓矢(はまゆみや)細工等
         簡単な手工業的生産に携わりました。
         江戸時代に入ると、「穢多」は、
         「士農工商・非人・穢多」と「非人」より下位に位置づけられ
         一生涯「平人(ひらびと)=庶民」に
         戻ることはできませんでした。

     ・非人や穢多は、収入があってないようなものでしたので、
         租税を課せられることもなかったので、
         やがて、その租税免除により、幾らかでも貯えをし、
         土手などから、平地に土地を持つ者も出始め、
         大きな意味で「部落」ができました。

         明治4(1871)年に制定され、明治5年に編成された、
         壬申戸籍(じんしんこせき)には、
         「皇族・華族・士族・卒・地士・僧・旧神官・尼
         「平民・新平民・非人・穢多」などという「階級」が書かれており、
         当時は、身分制度が色濃く残っており、
         誰でもがこの戸籍を閲覧することができました。

         昭和43(1968)年に、差別部落の人を探し出す事件が発覚し、
         大企業での採用取り消し、部落民との結婚禁止などという事件が発生し、
         同年、「閲覧」および「公開」を禁止し「永久封印」とされました。
     ・差別部落民
         苗字には星・人体の名称(手・足・耳・頭・目など)
         東西南北・大小・動物の呼び名・松竹梅・神・仏



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