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三千家と流派

三千家(さんせんけ)は、
茶道の表千家・裏千家・武者小路千家を総して称されます茶道部~茶わん~茶せん


初代 利休宗易               70才(1522~1591.2.28) 戦国・安土桃山時代の茶人。
2代 少庵宗淳(しょうあんそうじゅん) 69才(1546-1614.10.10)   安土桃山時代の茶人。利休の後妻宗恩の連れ子。
3代 元伯宗旦(げんぱくそうたん)   81才(1578-1658.12.19)  江戸前期の茶人(利休休の孫)   
4代 三千家  ・表千家・裏千家・武者小路千家

表千家 邸内茶室:不審庵
 元伯宗旦三男・江宗左(こうしんそうさ)(1613~1672)
 紀州徳川家に出仕する

裏千家 邸内茶室:今日庵
 元伯宗旦四男・仙叟宗室(せんそうそうしつ)(1622~1697)
 加賀前田家に出仕する


武者小路千家 邸内茶室:官休庵
 元伯宗旦次男・一翁宗守(いちおうそうしゅ)1593~1675)
 讃岐高松松平家に出仕する


茶道の流派茶道部~茶わん~



・奈良流 村田珠光 (現存する珠光流)
・東山流 阿弥
・堺流   武野紹鴎

~千利休と同時期の創始による流派 多くは武野紹鴎の門人か千利休の直弟子を創始者とするもの
・三千家(さんせんけ) 千利休の後妻の連れ子である千少庵系統の家。堺千家に対して傍系に当たる。
 表千家(おもてせんけ) 不審庵
 裏千家(うらせんけ) 今日庵 表千家より分派
 武者小路千家(むしゃのこうじせんけ) 官休庵 表千家より別派

・宗流 (そうへんりゅう) 山田宗 宗旦四天王
・庸軒流(ようけんりゅう) 藤村庸軒 宗旦四天王
・庸軒流宗積諦観派
・普斎流 (ふさいりゅう) 杉木普斎 宗旦四天王(現存するか不明)
・久田流 久田宗栄 表千家の縁戚および分派
・堀内流 堀内仙鶴 表千家六代覚々斎の門人
・松尾流 松尾宗二(楽只斎) 表千家六代覚々斎の門人
・三谷流 三谷宗鎮 表千家六代覚々斎の門人(現存するか不明)
・曲全流(きょくぜんりゅう) 河村曲全 表千家六代覚々斎の門人(現存するか不明)
・江戸千家 川上不白 表千家七代如心斎の門人
・表千家不白流 (ふはくりゅう) 川上宗什 川上不白の門人
・不白流石塚派 石塚宗通 川上不白の門人
・都千家(みやこせんけ) 森山宗江 江戸千家の分派
・雅流(みやびりゅう) 水谷宗雅 不白流の分派
・江戸千家新柳流
・表千家都流
・表千家看月庵
・速水流 (はやみりゅう) 速水宗達 裏千家八代又玄斎の門人
・大日本茶道学会 田中仙樵 裏千家十三代圓能斎の門人・後に石州流の秘伝も得て流儀返上
・宗旦古流(一身田流とも) 円猷上人 真宗高田派本山専修寺にて伝わる


堺千家(さかいせんけ)
千家の本家。
千利休自刃後利休の一族は各地に四散していたが、
徳川家康や前田利家らの嘆願で豊臣秀吉に許され、逃亡していた。
利休の嫡男千道安が堺へ帰郷し、家督を相続した。
しかし千利休の血脈としての堺千家は、千道安に嫡子がないなかったため断絶した。

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Author: 美心
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誕生数44、太陽乙女26、月牡牛1、黄色い月の種